こちらは、今月(8月)23日、西武新宿線の南入曽車両基地で行われた、電車夏まつり2014で展示されていた2000系やN2000系の方向幕車です。
①2000系による快速本川越行き。
西武新宿線の快速は、1993(H5)年12月6日から2001(H13)年12月14日まで、平日の朝の上りに限り、拝島・西武遊園地→西武新宿間で運転されていた列車で、田無→高田馬場間では、当時の通勤急行が上石神井駅に停車、鷺ノ宮駅を通過するのに対し、上石神井駅を通過、鷺ノ宮駅に停車するという千鳥停車となっていました。
因みに現在の通勤急行は、平日朝の本川越→西武新宿間の2本のみ運転で、途中、狭山市、新所沢、東村山、田無、上石神井、鷺ノ宮駅に停車(急行とは異なり、南大塚、新狭山、入曽、航空公園、久米川、小平、花小金井の各駅は通過)しています。
拝島・西武遊園地発着の分割・併合列車は、昨年3月14日の朝の上りの萩山駅併合列車をもって全廃されていたけど、下りの拝島・西武遊園地行き(萩山駅で分割)は、一昨年の6月29日にいち早く廃止されていました。
池袋線では、朝と夕方以降に地下鉄直通、池袋発着共に快速が設定されているけど、準急とは異なり、大泉学園と保谷の両駅が通過(ひばりヶ丘以西は各駅に停車)となっています。
初期型の2000系は、新宿線系統のみの配置で、車体更新と共に殆どがLED化されていたけど、方向幕編成も残されています。
快速本川越行きの表示は、実際に使われることのなかった幻の表示となっているし。
②N2000系の初期型による快速急行本川越行き。
こちらは、1998(H10)年3月26日から一昨年(2012(H24)年)6月29日まで平日のみ運転されていた西武新宿線の2代目の快速急行で、川越号と呼ばれていました。
登場当時は、途中高田馬場、田無、所沢、新所沢に停車していたけど、後に東村山、入曽、狭山市、新狭山、南大塚駅にも止まるようになっていました。
平日の日中のみ運転だった都営新宿線の急行みたく土休日にも拡大されることを期待していたけど、日中の各停、急行、特急への統合により、拝島快速と共に廃止されてしまったのが惜しまれます。
同時に日中の準急が急行に格上げされ、運行本数が削減されていたし。
このことに対して、池袋線系統では準急が終日運転されています。
1988(S63)年上期に導入されたN2000系の初期型は、前面の貫通ドアの窓が小型で、6両編成の2051F、4両編成の2501~2519F、2両編成の2451Fが該当しています。
4両編成は、1988(S63)年から1990(H2)年に掛けて製造されたので、全て新スタイルとなっているけど、デビュー当時は先頭車にパンタグラフがありました。現在でもパンタグラフの撤去跡が残っているし。
③N2000型の後期車による通勤準急本川越行き
通勤準急は、平日朝に池袋線の小手指→池袋間に運転される列車(準急とは異なり石神井公園は通過)であり、新宿線系統にはないので、こちらも幻の組み合わせとなっています。
一昨年6月の改正までは、朝と夕方、夜に下りの通勤準急もあったけど、準急や快速に置き換えられて、現在の形になっています。
副都心線開業前は、石神井公園駅に加え、練馬駅通過となっていたし。
N2000系は、1988(S63)年の下期に導入された車両から貫通ドアの窓が大型化されています。
N2000系のうち、方向幕のまま残されている編成は、8連の2063F、6連の2049,2051,2053F、2531+2533F以外の4連、2連の全てであり、2063Fは池袋線の2000系8両固定で唯一の方向幕車として注目されています。
このことで、2000系には新旧共にLEDよりも方向幕が似合っていると思いました。
今回のイベントでは、時間によって方向幕が変えられていたので、通電状態による撮影会復活で嬉しかったです。自分が会場を去った後に入れ替わりに入場していた友人が撮影していた画像を見て知ったのであります。
そのお陰で貴重な表示も撮影出来て良かったと思っています。