こちらは、6月27日に、東急田園都市線の中央林間駅で撮影した、8500系の方向幕車である8606Fによる、折り返しの回送列車です。
中央林間に到着した後、長津田検車区まで回送されていたので、回送の表示を見ることが出来ました。
このような回送幕は、田園都市線の渋谷発着の各停(東急のサークルK運用もあり)の渋谷~半蔵門間の間合いの回送でも見られているし。
東急田園都市線の中央林間駅は、1984(昭和59)年4月9日に開業した、1面2線の地下駅であり、ピンク色と黄色の壁となっているのが特徴であります。
開業当時は、駅名表示が新玉川線の池尻大橋~用賀間と同じタイプとなっていたけど、現在は旧新玉川線部分を含めた他の駅と同じ東急線標準タイプとなっています。
比較的浅い場所にある地下駅である為に、駅舎や改札口が地上にあるので、小田急江ノ島線の駅から眺めることが出来るし。
開業当初は、快速や急行のほとんどが長津田駅で折り返していた為に日中は各駅停車で、日中は1時間に4本のみと少なかったけど、利用客の増加により大幅に増え、1996(平成8)年4月26日から急行列車も乗り入れているようになっています。
東急田園都市線は、1963(昭和38)年10月11日に、大井町線からの改称により登場した路線名であり、当時は、現在の大井町線と同様の大井町~二子玉川園~溝の口間の路線となっていました。
1966(昭和41)年4月1日に、溝の口~長津田間が開業し、二子玉川園~溝の口間が、高架線に付け替えられていました。
それ以前は、二子玉川園(現、二子玉川)~二子新地前(現、二子新地)間が、二子橋を大型の電車が通る単線の併用区間となっていたけど、1927(昭和2)年7月15日の開業から、1943(昭和18)年7月1日に普通鉄道への格上げ→大井町線に編入されるまでの間に、玉電(東急玉川線)が溝ノ口線として溝ノ口(現、溝の口)まで乗り入れていたことの名残がありました。
二子新地前は、以前二子新地歓楽街があった場所であり、それが閉鎖された1977(昭和52)年12月に二子新地となったのであります。
開業当時は、長津田駅が1面1線で、閑散時に鷺沼~長津田間で2両編成の電車が走っていたので、10両編成の電車が頻繁に行き交っている現在と比べて想像出来ない状態となっていました。
駅前には何もなかったのでそのはずだったし。
その2年後の1968(昭和43)年4月1日に、つくし野、1972(昭和47)年4月1日に、すずかけ台、1976(昭和51)年10月15日につきみ野まで延長され、1979(昭和54)年8月12日に東急新玉川線を介して地下鉄半蔵門線との直通が本格的に行われていました。
この時点で、大井町~二子玉川園間が大井町線として独立し、2009(平成21)年7月11日に二子玉川(旧、二子玉川園)~溝の口間が複々線化されるまでの間、1977(昭和52)年4月7日に開業した当時の新玉川線と同様に、二子玉川園→二子玉川駅での折り返しとなっていました。
1984年4月9日に中央林間まで開通し、現在に至っています。
田園都市線のつくし野、すずかけ台、南町田の各駅は、東京都町田市にあるので、同じ町田市に跨がる小田急線の鶴川、玉川学園前、町田の各駅と同様に、神奈川県から東京都に戻り、再び神奈川県に入る区間となっています。
南町田駅は、2000(平成12)年4月21日に、グランベリーモールが出来たことで賑わうようになり、2006(平成18)年3月18日から、土休日のみ急行が停まるようになっています。
昨年6月21日に準急の運転が朝ラッシュ時以外にも拡大されてからは南町田駅にも停車するようになっているし。
あざみ野駅は、1977(昭和52)年5月25日に開業した駅で、1993(平成5)年3月18日に横浜市営地下鉄(現在のブルーライン)のあざみ野~新横浜間の開業により乗換駅となり、2002(平成14)年3月28日には、急行の停車駅に格上げされています。
横浜市営地下鉄ブルーラインと言えば、今年7月18日から快速運転が開始されることで話題になっているし。
土休日の日中には、6000系(急行専用の6両編成)による大井町~長津田間の大井町線直通急行が1
時間に2本運転されているけど、上りの大井町行きのうちの2本が中央林間発(9時28分発と9時58分発)であるので、中央林間にも顔を出すことがあります。
この直通列車は、2006(平成18)年3月18日に登場したもので、当時は、8500系や8590系(5両編成)が使われ、田園都市線は急行、大井町線は各駅停車となっていました。
2008(平成20)年3月28日に、大井町線で、6000系による急行が登場してからは、現在の形となっています。
こちらは、大井町でりんかい線に乗り換えてお台場方面へと向かうことがターゲットであり、東急お台場パス(東急線の大井町駅までの往復乗車券と、りんかい線の大井町~新木場間乗り放題の切符)とのタイアップもあります。
小田急線の中央林間駅は、田園都市線の開業当時は、各停しか止まらなかったけど、1990(平成2)年3月27日に急行停車駅に格上げされていたし。
中央林間で、小田急江ノ島線に乗り換えて、藤沢、江ノ島方面に行けることにより、東急江の島・鎌倉フリーパスも発売されています。
こちらは、東急線の出発地~中央林間間と、小田急江ノ島線の中央林間~藤沢間の往復乗車券と、小田急江ノ島線の藤沢~片瀬江ノ島間と江ノ電全線が乗り放題の切符となっているし。
片瀬江ノ島駅からは西浜と東浜の海水浴場が近いので、海水浴の足としても使われています。
世田谷線を除いた東急の電車の長津田車両工場からの出場試運転は、梶が谷~中央林間間で行われているので、田園都市線や大井町線、こどもの国線の車両のほか、試運転により、東横線(みなとみらい線のY500系を含む)、目黒線、東急多摩川線・池上線の車両が中央林間に乗り入れてくることもあります。
中央林間駅は、東急田園都市線初の地下駅であり、2000(平成12)年8月6日に、新玉川線が田園都市線に編入されるまでの間、田園都市線で唯一の地下駅となっていました。
大井町線が田園都市線を名乗っていた時代は、大岡山駅が地上駅だったし。
田園都市線の混雑は深刻な状態であり、二子玉川~溝の口間の複々線化に伴う大井町線の溝の口までの延長、ラッシュ時の急行の準急への格下げ等が行われていたのはそのはずであります。
メトロ8000系は、1994(平成6)年まで、初期型の8両編成(副都心線と同様の8carsステッカー付き)が混在していて、混雑緩和のネックとなっていたのでエンコマンそのものでした。
現在は05系もどきの中間車が入ったことにより解消されていたし。
東武30000系のほうも、6+4編成で中間に運転台が入っている絡みにより、前述のメトロ8000系の8連時代と同様に田園都市線のラッシュ時の嫌われものとなり、50050系に置き換えられていたけど、2編成残った30000系は、なるべくラッシュ時には使われないようになっています。
大井町線の8500系(8638~8641F)は、田園都市線時代、5+5編成として使われていたので、田園都市線の混雑に対応出来ないということから、2003(平成15)年3月19日の押上延長及び5000系の導入を期に、大井町線の8000系の置き換えを兼ねて転用されていたのであります。