
こちらは、昨年11月7日に、京王電鉄京王線(京王新線)の笹塚駅で撮影した、9000系の9740Fによる、区間急行本八幡行き🚃🚇️です。
この時に撮影した列車🚃は、土休日69K運用であり、京王相模原線の橋本駅()を15時33分に発車した後、途中、多摩境、南大沢、京王堀之内、京王多摩センター、京王永山、若葉台、稲城、京王よみうりランド、京王稲田堤、京王多摩川、調布、つつじヶ丘、仙川、千歳烏山、桜上水、明大前、笹塚、幡ヶ谷、初台の各駅に停車してから京王新線の新宿駅(新線新宿)へと向かい、都営新宿線の各駅に停車してから本八幡駅(千葉県市川市)へと向かうことになっています。
このヘッドマークは、昨年12月15日まで取り付けられていたけど、第一次緊急事態宣言や、取り付け途中での定期検査による運休を乗り越えた上で撮影することが出来て良かったなと思っています。
同年11月14日にも笹塚駅で撮影したけど、夕映えの富士山🗻が綺麗でした。
京王線と都営新宿線の直通運転は、1980(昭和55)年3月16日の都営新宿線の新宿~岩本町間の開業と共に開始されたものであり、昨年3月に40周年を迎えていました。
当時の車両は、都営が10-000形、京王が6000系30番台で、京王車は岩本町駅での折り返しとなっていました。
1987(昭和62)年12月20日に京王車の乗り入れ範囲が大島駅まで延長されたけど、大島~篠崎間は都営車オンリーのままでありました。
1991(平成3)年9月1日の本八幡駅の本設化により、京王車の乗り入れ範囲が本八幡駅まで延長され、京王車が千葉県にも進出していました。
9000系30番台の都営新宿線への乗り入れは、2006(平成18)年3月15日から開始されたけど、当時は平日の朝ラッシュ時に限られていました。
同年9月1日には、都営新宿線の京王車の10両編成の乗り入れが終日に拡大され、毎日見られるようになり、2009(平成21)年6月までに6000系30番台が9000系30番台に全て置き換えられていたのであります。
都営新宿線に乗り入れてえた6000系の10両編成は、笹塚、橋本寄りに2両付属編成が連結された2+8編成で、8両基本編成と2両付属編成の間の通り抜けが可能となっていたことにより、地下鉄乗り入れでの問題をクリアしていました。
9000系30番台は、10両固定編成であり、新火災対策基準に適合した車両であります。
京王れーるランドにある6000系のデハ6438号車は、1989(平成元)年3月に、デハ6420号車として東急車輛製造(総合車両製作所横浜事業所の前身)で製造された当時、地上区間専用車となっていました。
1993(平成5)年に都営新宿線乗り入れ対応改造されてデハ6438号車となり、2007(平成19)年6月から2009年6月に廃車となるまでの2年間は、6742Fとペアが組まれていました。
6000系の都営新宿線方面の行先表示は、緑色の幕であったので、東武鉄道(東武東上線)の9000系が方向幕時代に有楽町線に乗り入れていた時に有楽町線方面の行先が黄色で表示されていたことに似ている状態でありました。
東武9000系の9101F(1981(昭和56)年に製造された量産先行車)は、地下鉄副都心線乗り入れ対応から外された為に地上区間(池袋~小川町間)専用車となったけど、方向幕のままとなっているので、黄色い幕が残されています。
京王新線は、新宿駅の混雑緩和による新宿~笹塚間の複々線化並びに都営新宿線との直通運転に備えて造られた地下新線で、1978(昭和53)年10月31日に開業していました。
京王線(本線)上にあった初台、幡ヶ谷の両駅が、京王新線にシフトされ、初台駅は地下ホームの移設、幡ヶ谷駅は地上駅の廃止→地下化されていました。
これによって、初台駅の旧地下ホームが地下に眠る廃駅と化してしまったので、京成電鉄京成本線の京成上野~日暮里間にあった博物館動物園駅跡に似た状態となったのであります。
本線側にあった旧初台駅地下ホームは、1964(昭和39)年6月7日の地下区間の延長(山手通りとの立体交差化に伴う第二次地下化)の時から、1978年10月30日までの14年間使われていたものであり、1面2線の島式ホームで、18m車6両分までしか対応出来なかった為に、改良するよりも新線の20m車10両編成に対応出来るホームに回したほうが効率が良いと判断されていたことが分かります。
地上駅時代の幡ヶ谷駅跡は、1983(昭和58)年7月の第三次地下化(笹塚駅の手前までの延長)により、撤去されていました。
新宿駅付近(新宿~初台間)の地下化(第一次地下化)が行われたのは、1963(昭和38)年4月1日のことであり、新宿駅付近に残されていた路面電車由来の併用区間が解消されていました。
当時の京王線新宿駅は、18m車の6両編成対応の5面4線となっていました。
現在は、2番線と3番線の間に降車専用ホームのある3面3線の駅であります。
京王線の駅のうち、京王が付く駅は、京王八王子、京王片倉、京王多摩川、京王稲田堤、京王よみうりランド、京王永山、京王多摩センター、京王堀之内の8駅(うち、相模原線は6駅)であり、相模原線の場合は、京王多摩川・京王稲田堤・京王よみうりランド、京王永山・京王多摩センター・京王堀之内と、京王が付く駅が3駅連続している区間が2つあることが分かります。
京王相模原線は、京王電気軌道の時代の1916(大正5)年6月1日に、調布~多摩川原(たまがわら、現、京王多摩川)間で開業した多摩川支線がルーツとなっており、当時は多摩川の砂利運搬が目的となっていました。
1927(昭和2)年6月1日に京王閣(現在はその跡地が京王閣競輪場🚴となっている)が開設されてからはそのアクセス路線となり、1937(昭和12)年5月1日に京王多摩川駅に変更されていました。
1971(昭和46)年4月1日には、京王よみうりランド駅まで延長されたと共に、相模原線として多摩ニュータウンへのアクセス路線に転換されていました。
神奈川県川崎市にある京王稲田堤駅の開業により、京王線が神奈川県にも進出していたのであります。
当時京王よみうりランド駅からよみうりランドまで、スカイロードと動くいう有料の動く歩道で結ばれていたけど、1999(平成11)年3月21日には、スカイシャトルというゴンドラに替わっていました。
スカイシャトルは、京王よみうりランド駅とメインゲートを結ぶゴンドラで、8人乗りとなっています。
1974(昭和49)年10月18日には、京王よみうりランド~京王多摩センター間が開業し、京王が多摩センターエリアに一番乗りしていました。
永山への乗り入れは、4ヵ月前の1974年6月1日に新百合ヶ丘~小田急永山間で開業した小田急電鉄多摩線が最初であり、翌年の1975(昭和50)年4月23日に小田急多摩センターまで2番乗りとして延長されていました。
京王多摩センターより先の区間は工事が難航していた区間であり、橋本駅付近での用地取得に手間取っていた為に、1988(昭和63)年5月21日に南大沢まで暫定開業していました。
暫定開業当時の京王多摩センター~南大沢間は、朝夕のみ通勤快速(現、区間急行)が乗り入れるだけで他は各駅停車(快速は京王多摩センター発着)となっていました。
1990(平成2)年3月30日には、南大沢~橋本間の全線が開業し、橋本駅から新宿駅まで乗り換えなしで行けるようになっています。
その3日前の1990年3月27日には、小田急多摩線が唐木田駅まで延長されていたので、京王相模原線と小田急多摩線が競うように開業していたことが分かります。
京王多摩センター~京王堀之内間にある多摩センター第一トンネルは、府中カントリークラブ(ゴルフ場)⛳の真下を通る為に、建設工事の時に13,14番ホールの改良が行われていたので、ゴルフ場との協力により出来た区間であることが分かります。
府中カントリークラブ⛳は、東京都多摩市中沢にあり、聖蹟桜ヶ丘、多摩センターの両駅からクラブバス🚐に乗っていくことになるけど、東京都府中市にあると間違えられやすいので注意が必要であります。
多摩境駅は、1991年4月6日に町田市小山ヶ丘地区の利便性向上により後から新設された駅であり、京王電鉄で一番新しい駅であると共に、唯一町田市にある駅でもあります。
多摩境の由来は、多摩ニュータウンの境、東京都と神奈川県の境であることに加え、近くに境川が流れていることであり、多摩の境にある駅に相応しいと思います。
境川は、町田市の相原町から流れている川で、小田急江ノ島線の片瀬江ノ島駅付近(片瀬海岸🏖️)で相模湾に注いでいるので、境川と言えば江の島をイメージしてしまいます。
小田急線も、新宿や町田から片瀬江ノ島まで行く途中の町田~相模大野間で境川を渡ることになるけど、東急田園都市線の南町田グランベリーパーク(旧、南町田)~つきみ野間の境川橋梁と共に、東京都と神奈川県の境目となっています。
南大沢駅周辺は、1988年の開業当時は何も無かったけど、1991(平成3)年4月の(旧)東京都立大学🏫が目黒区八雲(東急東横線の都立大学駅付近)から移転してきたことを期にアウトレットモールの建設等による開発が進められ、現在は京王ライナー🚃🌃を含めた全ての列車が停車するほどの賑やかな駅となっています。
現在の東京都立大学(2代目)🏫は、2005(平成17)年から昨年3月まで、首都大学東京と呼ばれていました。
南大沢駅に快速が停車するようになったのは、多摩境駅が開業した1991年4月6日のことであり、翌年の1992(平成4)年5月28日の特急の新設により快速が相模原線内各駅停車に変更されていました。
1992年5月27日までの快速は、稲城、若葉台、京王堀之内、多摩境の各駅を通過していたのであります。
南大沢駅前のフレンテ南大沢にある東京ミートレア🥩は、肉のフードテーマパークであり、焼肉BARさんたま(焼肉)、清勝丸(つけ麺、中華そば🍜)、BBQ KITCHEN(ステーキ&グリル料理)、ゴールドラッシュ(ハンバーグレストラン)、大分からあげ 福唐屋台(唐揚げ)、CLASSIC~インド料理~(インドカレー🇮🇳🍛)の各店から成っており、祝日を除いた月曜日から土曜日までの17時からは、1000円(ソフトドリンクは500円)で飲み放題🍻のサービスが行われているけど、各店でフードメニューを注文する必要があります。
こちらはやはり第二次緊急事態宣言の影響によりそのサービスは休止中となっています。
サンリオピューロランドは、1990(平成2)年12月7日に開設された屋内型テーマパークであり、雨の日☔でも楽しむことが出来ます。
サンリオピューロランドの横にある極楽湯の多摩センター店は、ピューロランドで遊んだ後に入るのにぴったりな日帰り温泉施設♨️であります。
京王多摩センター駅🚃では、2016(平成28)年3月12日にハローキティ😸が名誉駅長に就任してから、サンリオキャラクターの装飾が行われるようになり、同年11月1日のハローキティの誕生日🎂には、サンリオピューロランドのテーマソングである「ピューロマーチ」の接近メロディー🎵となったことで、サンリオステーション化されていました。
小田急多摩センター駅🚃がサンリオ仕様にリニューアルされたのは、2018(平成30)年12月6日のことであり、こちらは小田急のCIカラーである水色基調となっています。
多摩センター駅のある多摩市は、1971年11月1日の多摩町の市制施行により出来た市であり、市制施行記念日がハローキティの誕生日🎂と同じであります。
11月1日には、稲城市と共に市制施行50周年を迎えることになります。
多摩境駅付近に、森乃彩という日帰り温泉施設♨️があるけど、こちらは多摩境駅から徒歩で約22分掛かります。
こちらは以前いこいの湯だった場所であり、よみうりランドの手によってリニューアルされ、昨年10月1日に多摩境天然温泉 森乃彩として開設されていたのであります。
南多摩駅付近にある稲城天然温泉 季乃彩♨️も、よみうりランドの系列となっています。
京王9000系がデビューしたのは、2001(平成13)年1月24日のことで、20周年を迎えたばかりでありました。
京王9000系は、2000(平成12)年から2004(平成16)年まで日本車輌製造豊川製作所と東急車輛製造で製造された初期型(8両編成、0番台)が8本64両、2006年から2009年までに日本車輌製造豊川製作所で製造された後期型(都営新宿線乗り入れ対応の10両編成、30番台)が20本200両、計264両から成っており、8両編成に関しては、新宿寄りに7000系の2両編成を連結させた10両編成として使うことも出来るけど、以前は6000系の2両編成とペアが組まれていました。
8両編成には、貫通扉に幌の台座があるけど、10両固定編成にはそれがないので、前面スタイルで見分けることが出来ます。
9740Fは、2008(平成20)年に日本車輌製造で製造された都営新宿線乗り入れ対応の10両固定編成であり、後期型である為に側面のLED表示が大きめとなっています。
2009(平成21)年8月に導入された9000系の最終増備車である9730Fは、唯一前面のKEIOマーク(ロゴマーク)がヘッドライトの下にあったことで異彩を放っていたけど、昨年8月に他の編成と同じ場所に変更されていました。
小田急電鉄の新4000形は、地下鉄千代田線、JR常磐緩行線直通対応の10両固定編成であり、各駅停車を含めた小田急線内の列車にも盛んに使われているので、都営新宿線直通と京王線内の列車の両方に使われている京王9000系30番台に似ているところがあります。
2月14日のバレンタインデーに青海南ふ頭公園で、あーにゃこと水湊あおひ氏😸が出てくるFresh大野外撮影会(プレミアム撮影会)に、緊急事態迷惑嫌がらせ宣言が延長されたせいでにより、自分(しゃもじ)🐰が行かれないことが深刻であります❗
あーにゃ😸を独占出来る絶好の機会なのに、タイミングが悪すぎます❗
明日(2月14日)のバレンタインデーは日曜日に当たるのに、緊急事態迷惑嫌がらせ宣言が延長されたせいで自分(しゃもじ)🐰のいないアイドルイベントを余儀なくされてしまったことは、河津町での河津桜まつりが中止となったことと同様であります。
明日のバレンタインデーには、東京ステーション♪のライブも予定されているので、こちらも緊急事態迷惑嫌がらせ宣言が延長されたことのせいで行かれないです。
小麦ぱんこ氏🐼も、あーにゃ😸と同様にしゃもじさんに会えなくて寂しいと言っていたのでそのはずであります。
一昨日は、HIGHSPIRITS(ハイスピ)のライブに行き、さやぽんこと葉月沙耶氏🐶の加入4周年を祝いたかったけど、やはり緊急事態迷惑嫌がらせ宣言がネックで行かれなかったです。
この時に不要不急の外出と共にドルヲタ活動を自粛すべきだけど、自分(しゃもじ)のようにドルヲタ活動を自粛する人が少ないのが残念であります。
2月20日のcoco亀🐢のさゆ🧡の生誕祭にも行かれないのが残念で仕方がないです。
他の人がアイドルに会って自分(しゃもじ)がアイドルに会えないことに加え、景気の更なる悪化に繋がる緊急事態迷惑嫌がらせ宣言は早く終わって欲しいです❗
早く解除されることを願っているのは、自分(しゃもじ)以外にも大勢いるのでそのはずであります❗
今日(2月13日)は、苗字制定記念日であるけど、それは、1875(明治8)年2月13日に平民苗字必称義務令(全ての国民に苗字を名乗ることが義務付けられた法律)が出されたことが由来であります。
9月19日は苗字の日であります。
今日は久しぶりの土曜休みだったけど、緊急事態迷惑嫌がらせ宣言が延長されたことにより複雑な心境でありました。
チャレガの国場美々花氏🐰が、高校受験に合格したという朗報がありました。おめでとうございます。
この画像を撮影した昨年11月7日は、あーにゃこと水湊あおひ氏😸の生誕祭に行った日でもあるので、あの頃が懐かしいです。
明日は残念ながら春の陽気になってしまうことに加え、ドルヲタ活動のはずがステイホームになってしまうのが辛いです。
緊急事態宣言期間中にドルヲタ活動している人たちを、高速道路等で追い越し車線を走行していることに例えたくなります。
高尾山では、恒例の冬そばキャンペーンが3月14日まで行われています。
高尾山の名物はとろろそばであり、自分(しゃもじ)は、高尾山駅付近にある十一丁目茶屋で、そばと団子🍡を味わったことがあります。
2月20日からは、国領駅の接近メロディーに、「西部警察」と「太陽にほえろ!」のテーマ曲が使われるという情報が入ってきました。
これは、1973年から本年1月16日に解散するまで、調布市に石原プロモーションの事務所があったことに因んだ企画であり、1番線(下り、京王八王子、高尾山口、橋本方面)が「太陽にほえろ!」のメインテーマ
2番線(上り、新宿、本八幡方面)が「西部警察」のメインテーマとなります。
2月20日~28日には、調布市文化会館たづくりむらさきホールで、イベントが行われ、20日には調布駅で記念乗車券が発売されることになります。
太陽にほえろ!は、1972年7月21日から1986(昭和61)年11月14日まで日テレ系で、西部警察は、1979(昭和54)年10月14日から1984(昭和59)年10月22日までの間にテレ朝系でそれぞれ放送された刑事ドラマであり、後者はテレビ朝日(テレ朝)と石原プロモーションによる制作作品で、パート1から3までありました。
国領駅の2番線の接近メロディーに使われる予定の西部警察メインテーマが使われていたのは、1979年から1982(昭和57)年4月18日まで放送されていたパート1であり、パート2とパート3では、「ワンダフル・ガイズ」がテーマ曲として使われていました。
石原プロモーションの事務所は、1963(昭和38)年1月16日の設立当時から1973年に調布市に移る前、東京都港区虎ノ門にありました。
今日(2月13日)は、昨年7月の豪雨により不通となっていた由布院~庄内間が復旧し、由布院駅が復活したと共に、由布院と大分の間が再び鉄道で結ばれるようになっていました。
3月1日には残る不通区間である豊後森~由布院間が復旧する予定となっているので、全線で繋がることになります。
今回は、昨年11月に撮影した京王9740Fを話題にしました。
緊急事態迷惑嫌がらせ宣言の解除予定日まであと3週間と長いです。
このように、都営新宿線直通40周年記念ヘッドマーク付きの9740Fを撮影することが出来て良かったです。
おまけの画像は、昨年1月に京王れーるランドで撮影したものです。