
3月11日は、目白から新宿まで、東日本旅客鉄道(JR東日本)の山手線🚃♻️のE235系トウ29編成(クハE235-29F)による、Cheer up!!ラッピング電車、内回り運用に乗りました。
この時に乗った列車は、平日68G運用(内回り)でありました。
Cheer up!!ラッピング電車は、トウ25編成と29編成の2編成に施されており、前後デザインが異なるヘッドマークが付いています。
「山手線からお客様に安心の輪を!」という表示も出てきていたので、こちらも要チェックであります。
3月11日には、1号車側のヘッドマークしか撮影していなかったので、昨日(3月23日)、高田馬場駅(JR戸山口側)で反対側(11号車)のヘッドマークを撮影することが出来ました。
Cheer upとは、元気を出そうという意味であり、長引くコロナ禍の最中に相応しい言葉だと思っています。
2月8日からはトウ07編成と45編成に施されていたけど、2月27日にはトウ25編成と29編成に変更されていました。
「お客様に安心の輪を」という言葉は、これからの鉄道会社を支える上での合言葉であり、お客様が安心して利用出来る鉄道会社を目指す願いも込められています。
山手線のE235系は、次世代の車両制御システムであるINTEROS(インテロス)が搭載されたE233系の改良版であり、2015(平成27)年3月に量産先行車であるトウ01編成が総合車両製作所新津事業所で落成し、各種試運転が行われていました。
同年11月30日に、外回り電車で営業運転入りしていた時に、INTEROS(インテロス)の不具合により、トラブルが続出し、終いには、大塚駅で運転が打ち切られていたことで、出鼻をくじかれていました。
その前日の11月29日には、団臨として品川~横須賀間往復で運転されていた時は何事もなかったのに、初日の山手線でのトラブルは衝撃的でした。
この時に、JR東日本からのお詫びがあり、再発防止を誓う言葉も述べられていました。
このことを受けて、INTEROSのソフトウェアの改修と共に、試運転が念入りに行われ、翌年の2016(平成28)年3月7日に晴れて営業運転が再開されていました。
自分(しゃもじ)がE235系に初めて乗ったのはこの時であったけど、現在は通勤でしょっちゅう乗っている状態であります。
2017(平成29)年5月には、量産車であるトウ02編成が営業運転入りし、ローレル賞の受賞発表も行われていました。
E235系は、2016年度のブルーリボン賞、ローレル賞の対象車両にノミネートされるはずだったけど、初日のトラブルにより出鼻をくじかれた為に、2017年度にノミネートされ、ローレル賞受賞車となったのであります。
トウ01編成には、ローレル賞のプレートが取り付けられています。
一昨年(2019(令和元)年)12月までの間に、E231系500番台の置き換え用として、50本導入され、昨年(2020(令和2)年)1月20日には、山手線のE231系500番台で最後まで残されていたトウ506編成が運用離脱されたことにより、E235系に統一されていました。
山手線のE235系🚃♻️の導入により、捻出されたE231系500番台が10両化の上で三鷹車両センター(八ミツ、中央・総武緩行線)に転用され、10号車に連結されていた4600番台のサハのうちの48両がE235系に編入され、10号車に連結されるようになっています。
4600番台の屋根の形が異なっているのは、その為であります。
トウ04編成と05編成は、500番台(完全新造車)であり、屋根の形が従来のE235系と同じとなっています。
E235系への編入の対象から外されたサハ4両は、残念ながら転用されることもなく廃車となってしまいました。
昨年には、横須賀・総武快速線に、E235系1000番台(近郊バージョン)が導入され、12月21日に営業運転入りしていました。
国鉄時代には、通勤型車両は4ドア、近郊型車両の普通車は3ドアが当たり前だったけど、JR東日本では、1994(平成6)年に209系ベースの近郊型車両であるE217系が導入された時に近郊型車両も4ドア車とする方針となり、2000(平成12)年にデビューしたE231系から通勤型と近郊型の共通設計となったきっかけとなりました。
山手線は、1885(明治18)年3月1日に、日本鉄道品川線として、、現在の山手線と埼京線(赤羽線)の一部である品川~赤羽間が開業していたのが始まりであり、当時の路線は、品川~渋谷~新宿~板橋~赤羽であり、渋谷、新宿、板橋の各駅の歴史もこの時から始まっていました。
同年3月16日には、目白、目黒の両駅(どちらも不動尊に因んだ駅名)が開業していました。
当時の路線は、現在とは異なり、非電化で本数が少なかったです。
上野駅は、1883(明治16)年7月28日に日本鉄道の路線(現在の高崎線)の上野~熊谷間と共に開業した駅であり、そのうちの上野~田端間は、現在の山手線の一部となっています。
田端駅は、1896(明治29)年4月1日に開業していました。
1901(明治34)年8月8日には、品川線(品川~池袋~赤羽間)から山手線に変更されたけど、現在のような環状運転は行われていなかったです。
1903(明治36)年4月1日には、池袋~田端間が開業したと共に、大塚、巣鴨の両駅も開設され、池袋駅が信号場からの格上げにより開業したという出来事もありました。
当時の池袋駅周辺は何もなかったので、山の手エリアの3大副都心(渋谷、新宿、池袋)のうちの一つの繁華街となっている現在と比べて想像出来ない状態となっていたのであります。
1909(明治42)年12月16日に品川~烏森(現在の新橋駅)間の開業と共に、赤羽~池袋~品川間と、田端~池袋間が電化され、上野~新宿~品川~烏森間と、赤羽~池袋間で電車の運転が開始されていました。
当時使われていた電車は、甲武鉄道から継承されたデ960系列の電車でありました。
その翌年の1910(明治43)年6月25日には、有楽町駅まで、9月15日には、呉服橋駅(現在の東京駅の北側にあった仮駅)まで延長され、高田馬場駅も開業していました。
1914(大正3)年12月20日には、東京駅が開業し、東海道本線の始発駅が初代新橋駅から東京駅に変更されていました。
烏森駅が2代目新橋駅となり、初代新橋駅は、汐留貨物駅に転用され、1986(昭和61)年11月1日(国鉄最後のダイヤ改正)で廃止されるまで、貨物輸送を担っていたのであります。
そこには、築地市場への連絡線もあったけど、1987(昭和62)年1月31日をもって廃止され、2018(平成30)年10月11日の築地市場の豊洲市場への移転、閉鎖と共に過去のものとなっています。
JR新橋駅に烏森口は、烏森駅だった頃の名残であります。
1919(大正8)年3月1日に中央線の東京乗り入れが開始されたと共に、環状運転の開始の時までの間、中野~新宿~東京~品川~新宿~池袋~上野間の「の」の字運転が行われ、新宿駅を2回通っていました。
神田駅が開業したのもこの時でありました。
1925(大正14)年11月1日には、神田~上野間が開業し、貨物駅だった秋葉原駅の旅客営業が開始されたことにより、現在のような環状運転が開始されたのであります。
山手線🚃♻️の環状運転が開始される前に、中野~新宿~東京~品川~新宿~池袋~上野間の「の」の字運転が行われていたことは、歴史に詳しい人でないと分からない状態となっています。
1972(昭和47)年7月15日(総武快速線が開業した日)には、山手線の支線だった池袋~赤羽間が、赤羽線として分離され、1985(昭和60)年9月30日の埼京線(赤羽~武蔵浦和~大宮間)の開業により、埼京線の一部に組み入れられていました。
1983(昭和58)年10月1日までは、池袋駅で赤羽線の列車が4番線(現、8番線)から発車していたので、東武東上線の電車と並ぶシーンも見られていました。
赤羽駅の赤羽線部分が高架化されたのは、1983年3月2日のことであり、埼京線の開業までの間5番線(現7番線)のみ使われていました。
大阪環状線(JR西日本の路線)は、1961(昭和36)年4月25日に西九条~大正~天王寺間の開業により環状線化された路線であり、来月には環状運転60周年(還暦)を迎えることになります。
大阪環状線の車両は、103系や201系(4ドア車)が使われていたけど、乗り入れ車両に合わせる為に3ドアの323系に置き換えられていました。
同時期に東京メトロ日比谷線で3ドア(一部5ドア)車だった03系から4ドア車の13000系(東武鉄道の日比谷線乗り入れ車両は、20000系列から70000系)に置き換えられていたけど、大阪環状線では、その逆の現象となっていました。
こちらは、整列位置を乗り入れの近郊型車両と合わせる為にこのような措置が取られていたのであります。
山手線の車両の新性能化は、1961(昭和36)年9月の101系(カナリアイエローだった)の導入の時であり、1963(昭和38)年12月には、ウグイス色の103系が導入され、1988(昭和63)年6月26日まで山手線🚃♻️のシンボルとして親しまれていました。
山手線で活躍していた103系は、低運転台となっていたけど、1981(昭和56)年12月6日のATC化によって高運転台の車両に統一されていたけど、運転台後方にATC装置があったことにより、前面展望しづらいという問題が発生していたという欠点がありました。
205系からは、現在の地下鉄の車両と同様に、ATC装置が床下に搭載されるようになっているので、前面展望(かぶり付き)を楽しめるようになっています。
山手線の103系は、201系によって置き換えられる計画もあったけど、国鉄の財政難により、低コストである205系によって置き換えられていました。
103系🚃は、2009(平成21)年10月21日にJR東日本所属車が、1999(平成11)年12月にJR東海所属車がそれぞれ全廃されていたけど、JR西日本とJR九州(筑肥線の1500番台)が未だ現役であります。
JR東海の103系は、中央西線の名古屋~瑞浪間と関西本線(名古屋地区)で活躍していたけど、国鉄時代は青色で、JR東海となってからはオリジナルカラーに変更されていました。
JR東海では、211系、213系、311系の置き換え用として315系(313系の後継車)🚃が導入される予定となっているので、JR東海の旅客用車両が新幹線🚅を含めて民営化後に製造された車両に統一されることになります。
JR九州(筑肥線)の103系1500番台🚃は、2015(平成27)年の305系の導入により、福岡市地下鉄空港線🚇の乗り入れから撤退し、筑前前原~西唐津間の地上運用(3両編成)で使われています。
103系が首都圏から全廃されたのは、2006(平成18)年4月のことであり、常磐快速線(上野~取手間)及び成田線我孫子支線(我孫子~成田間)が最後でありました。
E231系500番台が、山手線から中央・総武緩行線に転用されたことは、103系と同じ流れでありました。
昨年3月14日に、田町~品川間に高輪ゲートウェイ駅が開業したことは、記憶に新しい状態であり、1971(昭和46)年4月20日の西日暮里駅以来の山手線の新駅の開業として話題になっていました。
西日暮里駅は、1969(昭和44)年12月20日の営団地下鉄(現、東京メトロ)千代田線の北千住~大手町間の開業と共に出来た駅であり、当時は単独駅となっていました。
1971年4月20日には、千代田線の綾瀬~北千住間の開業により常磐緩行線が千代田線直通列車にシフトされていたので、利便性向上により、山手線と京浜東北線側にも西日暮里駅が新設され、乗換駅となったのであります。
その影響により、常磐快速線並びに乗り換え駅である北千住、松戸の両駅の混雑が悪化したことで、迷惑乗り入れとして騒がれていました。
当時の常磐快速線は、利用客の多い柏駅を通過していたので、その問題の解決により、翌年の1972(昭和47)年10月2日に柏駅が快速停車駅に格上げされ、柏から上野までの直通列車が復活していたのであります。
高輪ゲートウェイ駅は、都営浅草線と京急本線の泉岳寺駅から近いので、泉岳寺駅の混雑緩和の目的もあります。
103系から205系への置き換え 1985(昭和60)年3月25日~1988(昭和63)年6月26日
205系からE231系への置き換え 2002(平成14)年4月21日~2005(平成17)年4月17日
E231系からE235系への置き換え 2015(平成27)年11月30日~2020(令和2)年1月20日
E231系500番台🚃は、2002年から2005年に掛けて52編成が総合車両製作所新津事業所の前身である新津車両製作所で製造されていたけど、当時は7号車と10号車に6ドア車が連結されていました。
山手線のホームドアの導入により、2010(平成22)年から2011(平成23)年に掛けて6ドア車が新4ドア車(7号車はE231系と同じタイプの600番台、10号車はE235系への編入を見据えた4600番台)に差し替えられていました。
差し替えは552編成から501編成の順で行われていたので、たった5年で廃車となった6ドア車も発生していたのであります。
渋谷駅で接続する東急電鉄田園都市線の新5000系🚃の6ドア車(4,5,8号車に連結されていた)も、同様の理由により新4ドア車に差し替えられていたので、同じE231系ベースの車両で似たような現象となっていました。
東急では、6ドア車を廃止する代わりに、田園都市線の朝ラッシュ時の急行を準急に置き換えることや、大井町線をバイパス路線として活用させるという措置が取られています。
205系の時代には、11両化された1991(平成3)年から2005年まで10号車のみ6ドア車が連結されていました。
205系が置き換えられた理由は、デジタルATCに対応させる為でありました。
中央・総武緩行線に元山手線のE231系500番台が転用されたことにより、捻出された209系500番台とE231系0番台が武蔵野線や八高・川越線に転用されていたけど、E231系500番台(52編成)で不足するので、E231系0番台の一部が、6ドア抜きの6M4T化によって中央・総武緩行線に残留していました。
山手線の路線(2020(令和2)年3月14日現在)
東京~神田~秋葉原~御徒町~上野~鶯谷~日暮里~西日暮里~田端~駒込~巣鴨~大塚~池袋~目白~高田馬場~新大久保~新宿~代々木~原宿~渋谷~恵比寿~目黒~五反田~大崎~品川~高輪ゲートウェイ~田町~浜松町~新橋~有楽町~東京
田端~品川間は、京浜東北線との並走区間で、日中には京浜東北線が快速運転となり、途中、上野、※御徒町(土休日のみ)、秋葉原、神田、東京、浜松町、田町、高輪ゲートウェイの各駅に停車することになり、カッコ内の駅は通過となります。
乗換駅🚃🔃🚃
東京 中央快速線、上野東京ライン(東海道線、宇都宮線、高崎線、常磐線)、横須賀・総武快速線、京葉線、東北・北海道・山形・秋田・上越・北陸新幹線、東海道・山陽新幹線、東京メトロ(丸ノ内線、東西線(大手町駅))
神田 中央快速線、東京メトロ銀座線
秋葉原 中央・総武緩行線、つくばエクスプレス線、東京メトロ日比谷線、都営地下鉄新宿線(岩本町駅)
御徒町 都営地下鉄大江戸線(上野御徒町駅)
上野 上野東京ライン(宇都宮線、高崎線、常磐線、東海道線)、東北・北海道・山形・秋田・上越・北陸新幹線、東京メトロ(銀座線、日比谷線)、京成本線(京成上野駅)
日暮里 常磐線、京成本線、日暮里・舎人ライナー
西日暮里 東京メトロ千代田線(一部常磐緩行線に直通運転)、日暮里・舎人ライナー
田端 山手線⇔京浜東北線
駒込 東京メトロ南北線
巣鴨 都営地下鉄三田線
大塚 東京さくらトラム(都電荒川線、大塚駅前電停)
池袋 埼京線、湘南新宿ライン(横須賀線⇔宇都宮線、東海道線⇔高崎線)、東武東上線、西武池袋線、東京メトロ(丸ノ内線、有楽町線、副都心線)
高田馬場 西武新宿線、東京メトロ東西線
新宿 埼京線、湘南新宿ライン、相鉄・JR直通線、中央快速線、中央・総武緩行線、小田急線、京王線、東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄(新宿線(新宿駅)、大江戸線(新宿駅または新宿西口駅))
代々木 中央・総武緩行線、都営地下鉄大江戸線
原宿 東京メトロ(千代田線・副都心線(明治神宮前〈原宿〉駅))
渋谷 埼京線、湘南新宿ライン、相鉄・JR直通線、東急(東横線、田園都市線)、京王井の頭線、東京メトロ(銀座線、半蔵門線、副都心線)
恵比寿 埼京線、湘南新宿ライン、相鉄・JR直通線、東京メトロ日比谷線
目黒 東急目黒線、東京メトロ南北線、都営地下鉄三田線
五反田 東急池上線、都営地下鉄浅草線
大崎 埼京線、湘南新宿ライン、相鉄・JR直通線、東京臨海高速鉄道りんかい線
品川 山手線⇔京浜東北線、上野東京ライン(東海道線、宇都宮線、高崎線、常磐線)、横須賀・総武快速線、東海道・山陽新幹線、京急本線
高輪ゲートウェイ 都営浅草線・京急本線(泉岳寺駅)
田町 山手線⇔京浜東北線、都営地下鉄(浅草線・三田線(三田駅))
浜松町 東京モノレール羽田空港線✈️(モノレール浜松町駅)、都営地下鉄(浅草線・大江戸線(大門駅))
新橋 上野東京ライン(東海道線、宇都宮線、高崎線、常磐線)、新交通ゆりかもめ、東京メトロ銀座線、都営地下鉄浅草線
有楽町 東京メトロ(有楽町線(有楽町駅)、日比谷線・千代田線(日比谷駅))、都営地下鉄三田線(日比谷駅)
あーにゃこと水湊あおひ氏😸が出てくる舞台は、5月1日から9日まで築地本願寺ブディストホール(昨年と同じ会場)で行われる「QUEEN DOM 文化女子の戦におけるかくも腹黒き百花繚乱戦国絵巻」であり、あーにゃ😸はBチームとなります。
あーにゃ😸からは、舞台見に来てね❗と言われているので、是非行きたいです。
あーにゃの予約枠がピンチであると言われているので、自分(しゃもじ)🐰が行ってピンチをチャンスに変えてやりたいです。
自分(しゃもじ)🐰があーにゃ😸を救うということになりますように。
本当に長引く第二次緊急事態宣言の解除及び、自分(しゃもじ)🐰のドルヲタ($ヲタ)活動再開を願っています、と言っていたけど、ようやく解除されたことになり、青函トンネルと同様の長いトンネルを抜け出したことになりました。
アイドルたちも、緊急事態宣言が解除されなければしゃもじさん🐰に会えないと言っているに違いないので、解除を願っていたのもそのはずであります。
21日の解除は、聖火リレーに間に合わせる形であるけど、28日の自分(しゃもじ)の誕生日にも間に合いました。
飲食店のほうは、当面21時までの時短営業が継続されることになります。
自分(しゃもじ)が白金高輪で最後にHIGHSPIRITS(ハイスピ)を見てから3月20日で1年経ちました。
そろそろ再会してみたいと思っているけど、コロナ大騒動がネックとなっています。
一昨日(3月22日)のさやぽんこと葉月沙耶氏🐶の生誕祭に仕事で行かれなかったのが残念です。
21日まで続いていた今回の第二次緊急事態宣言では、前回とは異なり、アイドルのライブが決行となっていたことにより、しゃもじ出禁であったので、自分(しゃもじ)に対する嫌がらせでありました。
これにより、2月14日のバレンタインデーにあーにゃこと水湊あおひ氏😸のプレミアム撮影会に行かれなかったのが残念でありました。
このように、緊急事態宣言により、自分(しゃもじ)🐰がドルヲタ($ヲタ)活動が出来なかったことを、全般検査や重要部検査(自動車で言えば車検)に入場中であることに例えていました。
自分(しゃもじ)はサンライズエクスプレスの285系に乗りたいと強く思っています。サンライズエクスプレスに乗りたい❗日出快车に乗りたい❗あー乗りたい❗あーにゃ乗りたい❗I Wan't to ride the Sunrise Express❗我想骑日出❗
特に走るビジネスホテルであるシングルDX(シングルデラックス)に乗ってみたいと思っています。
その寝台料金は、13980円(128.55ドル)します。シングルデラックスに乗りたい❗あー乗りたい❗あーにゃ乗りたい❗
coco亀🐢のさゆ氏🧡も、サンライズエクスプレスに乗ってみたいと言っていたので、お互い様であります。
鈴川絢子氏によるサンライズエクスプレス(サンライズ瀬戸号)のシングルデラックスのレポート動画を見たけど、細かいところまで紹介してくれたので、サンライズに乗りたい、これからサンライズに乗るよ❗という人たちにとって有難いと思っています。
鈴川絢子氏とその旦那さんのH.N氏は、子供に対する教育が良いので、他の子持ちの人たちも見習ってほしいです。
鈴川絢子氏とH.N氏に対して座布団を与えたい気分であります。
自分(しゃもじ)は、市川真間駅と西馬込駅で鈴川絢子氏を生で見たことがあります。
自分(しゃもじ)のドルヲタ($ヲタ)活動再会のXデーは3月28日となりそうです。27日の土曜日は土曜出勤、休日EXE、アウェイ、土勤ちゃんなのでそのはずであります。
今日の東京メトロ17000系は、3編成共に稼働していたけど、自分(しゃもじ)は、そのうちの17103Fに乗ることが出来ました。
これまでは、古い画像の使い回しを行っていたけど、緊急事態宣言の解除により、最新の画像も使えるようになりました。
緊急事態宣言が解除されたからと言って油断は禁物であり、コロナ感染対策に取り組まなければならない状態となっています。
このことを肝に命じてもらいたいです。
このように、山手線のラッピング電車を話題にすることが出来て良かったです。