続いては、7月30日に、流鉄流山線の馬橋駅で撮影した、5000形5001F(元西武鉄道新101系273F)による流馬編成のさよなら列車で、最後にJR常磐緩行線の2番ホーム側から編成全体を撮影することも出来ました。
馬橋駅は、西側に流鉄流山線、東側にJR常磐緩行線の乗り場(どちらも1面2線の島式ホーム)から成っており、その中間には常磐快速線の通過線があります。
駅舎はJR側が橋上駅舎で、流鉄の乗り場へは、西口へと至る自由通路の途中にある階段を降りて行くことになるし。
流鉄の駅舎はホームと直結されています。
流鉄の馬橋駅のホームは、流山駅と同様に、1番線が使われ、ラッシュ時には2番線も使われることになっているので、普段常磐緩行線の馬橋駅のホームから流鉄の電車を撮影出来るのであります。
馬橋駅の2番線から流鉄の5000形(元西武新101系)を撮影した時には、今年1月5日に、JR東海道線(JR東海)の三島駅の1番線から、9番線に停車中の伊豆箱根鉄道駿豆線(いずっぱこ)の1300系(同じ元西武新101系)による西武風塗装(いずっぱこイエローパラダイストレイン)を撮影した時のことを思い出しました。
こちらも馬橋駅に似たような光景であるし。
三島駅の1番線は、修善寺発着の特急踊り子号(JR東日本の185系5両編成による運転)しか発着しない(出入が少ない)ことに対して、馬橋駅の2番線は運転本数が多いので注意が必要となります。
日中の常磐緩行線は、地下鉄千代田線直通(一部小田急線の唐木田駅へも直通)の我孫子発着の列車が10分間隔で運転されているけど、以前は12分間隔であったし。
流鉄馬橋駅の発車サイン音は、昔ながらのベル式(ジリリ音)であり、それが響き渡っています。
流鉄電車の塗装のNは流山のNであり、流山寄りのヘッドマークにも描かれていました。
馬橋駅で流鉄の編成全体を撮影した時にNの字が2つ続いていることで魅力があるなと思っていたけど、来年春にこの流馬編成の塗装及び愛称が変わることに伴い、どうなるのか気になります。
このような塗装や愛称は、1979(昭和54)年の1200系(元西武501系)の導入の時から現在まで受け継がれているし。
塗装及び愛称が変わるのは時代の流れだけど、これまでの塗装や愛称のほうが良かったと言っている人が多いのでそのはずであります。
馬橋の由来は、周辺の長津川に掛かる橋であり、馬の鞍に形が似ていることから来ているし。
鰭ヶ崎の由来は、魚の背鰭に似たような地形であることであり、昔は鰭ヶ崎村と呼ばれていました。
流鉄を離れる前に、馬橋駅で流馬編成を撮影することが出来て良かったです。
これを持ちまして、流鉄の流馬編成のラストランのレポートは以上となります。
流鉄の流馬編成よ、ありがとう!来年新塗装でまた会いましょう。
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見納めとなった流鉄の流馬編成 馬橋駅
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