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Channel: よしちゃん@しゃもじのパワフルフル寄り添い隊ステーションワールド♪
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383系によるワイドビューしなの19号in塩尻駅

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8月27日は、JR中央本線(中央西線)の塩尻駅の6番線で、JR東海の383系(神領車両区(海シン)所属)のシンA4編成+A202編成の8両編成による、特急ワイドビューしなの19号(名古屋発長野行き)を撮影しました。

ワイドビューしなの号は、名古屋と長野の間を中央西線、篠ノ井線経由で結ぶ特急列車であり、名古屋~塩尻間の中央西線がJR東海、塩尻~長野間の篠ノ井線、信越本線がJR東日本による運行で、車両は臨時列車を含めて383系(ワイドビュータイプの振り子式台車の車両)の6両編成(増結により8両編成または10両編成となる場合あり)が使われています。

今回撮影したワイドビューしなの19号は、名古屋駅を16時ちょうどに発車し、途中、千種、多治見、中津川、木曽福島、塩尻、松本、明科、篠ノ井に停車してから長野へと向かう列車であり、8両編成である為に、自由席が付属編成側(名古屋寄り)の7,8号車の2両となっています。

グリーン車は長野寄りの1号車(7号車にも設定される場合あり)に連結されており、名古屋~長野間の定期列車では、基本的に非貫通のパノラマグリーン車付きのA1~9編成が先頭に立つことになるけど、A101~103編成(貫通型の先頭車)が長野寄りの先頭に立つ4+2編成となる場合があります。

383系は、1994(平成6)年にA1編成(クロ383-1F)が量産先行車として導入され、翌年の1995(平成7)年4月29日に、名古屋~木曽福島間の臨時しなの91,92号でデビューしていました。

1996(平成8)年には、ローレル賞が受賞され、同年11月には量産車が導入された上で381系(元祖振り子式特急)の置き換えが行われるようになり、12月1日には、定期のしなの号が383系に統一されていました。

383系しなの号の大阪乗り入れは、一昨年3月25日まで1往復のみ行われていたけど、1997(平成9)年10月1日から2003(平成15)年9月30日まで、その間合いとして、383系が夜行急行ちくま号に使われていたのであります。

夜行急行ちくま号は、2003年10月1日に381系に置き換えられたと共に臨時列車に格下げされ、2005(平成17)年10月7日に完全に廃止されていました。

381系のほうは、1996年12月以降も臨時列車用として、2007(平成19)年まで活躍していたけど、最後まで残されていた編成は、パノラマグリーン車に改造されたクロ381-13号車を含めたP2編成でありました。

381系は、1973(昭和48)年7月10日の中央西線の電化に合わせた改正でデビューしていたけど、予算の都合上により、8往復のうちの6往復(名古屋~長野間)に導入され、残りの2往復(うち1往復は大阪発着だった)は、1975(昭和50)年3月9日まで気動車(キハ181系)による運転が継続されていました。

当初国鉄の時代だったので、長野運転所(現、長野総合車両センター、長ナノ)に配置されていたけど、1982(昭和57)年11月15日に長野への183系(特急とき号で使われていた編成)の転属により、現在の神領区(当時は神領電車区だった)所属となり。JR東海に継承されたのであります。

名古屋の金城ふ頭にあるリニア・鉄道館(2011(平成23)年3月14日に開館したJR東海の博物館)には、381系のトップナンバーであるクハ381-1号車と、パノラマグリーン車改造車であるクロ381-11号車がそれぞれ展示されているけど、後者は収蔵コーナーにあります。

しなの号に導入された381系の初期型は、183系0番台に合わせた貫通型となっていました。

1968(昭和43)年10月1日(ヨンサントオの改正)から1975年3月9日までしなの号で活躍していたキハ181系気動車のうち、トップナンバーであるキハ181-1号車は、四国に渡り、高松運転所(四カマ)所属で、国鉄分割民営化後にJR四国のオリジナルカラーで活躍していたけど、1993(平成5)年に廃車となった後にJR東海に引き取られ、国鉄気動車特急色(前面に翼(つばさ)の形状の赤帯が入っている塗装)に変更された上で佐久間レールパーク(飯田線の中部天竜駅構内にあった鉄道系博物館で、リニア・鉄道館の前身である)で、しなのの表示で展示され、2009(平成21)年の佐久間レールパークの閉館後に、リニア・鉄道館に移された上で、かつてしなの号で活躍していた381系と共に展示されています。

自分(しゃもじ)は佐久間レールパークやリニア・鉄道館に行ったことがあるけど、リニア・鉄道館でキハ181系の中に入った時に車両広告が四国時代のままとなっていることを確認しました。

特急しなの号が登場したヨンサントオの改正からは間もなく50年を迎えようとしています。

リニア・鉄道館の収蔵コーナーには、特急ひだ号と南紀号で活躍していたキハ80系82形のキハ82 73号車は、1990(平成2)年3月9日まで実際に使われていたひだ号の表示となっています。

南紀号がキハ80系からキハ85系ワイドビューに置き換えられたのは、1992(平成4)年3月14日のことであり、キハ80系ご1995年1月まで団臨用として残されていました。

1992年は、JR北海道からオリジナルのキハ80系が引退した年でもあり、9月のさよなら運転では、札幌~函館間のほか、札幌→釧路→網走→札幌のルートでも運転されていました。

383系は、6両基本編成(パノラマグリーン車付き)がA1~9編成の9本54両、4両付属編成(貫通型、通常のグリーン車付きで、白馬発着の臨時しなの号にも使われている)がA101~103編成の3本12両、2両付属編成がA201~205編成の5本10両の計76両が導入され、10両編成の場合は、6+4(グリーン車2両連結)または6+2+2の組み合わせとなります。

1995年から1996年に掛けて導入された373系(現在は特急ふじかわ号と特急伊那路号、静岡エリアのホームライナーで活躍中)は、383系ベースであり、383系から振り子機構を省略した感じがします。

中央西線(塩尻~名古屋間)のうち、単線区間なのは、贄川(にえかわ)~奈良井間、宮ノ越~原野間、倉本~十二兼(じゅうにかね)間であり、中央本線で、諏訪エリア(普門寺信号場~上諏訪~岡谷間)や旧線(岡谷~辰野~塩尻間)以外にも単線区間があることが分かります。

中央西線の上松~倉本間(木曽郡上松町)には、寝覚の床という国の名勝に指定され、浦島太郎伝説でも有名である木曽川の景勝地があり、車窓からも眺めることが出来ます。

寝覚の床へは、上松駅から立町・倉本行きのおんたけ交通バス(木曽路のバス会社)で行くことになります。

奈良井は、中山道の宿場町である奈良井宿で有名であり、木曽福島駅付近にも福島宿があります。

木曽福島駅のある木曽郡木曽町は、2005年11月1日に木曽福島町、日義村、開田村、三岳村の合併により出来た町であり、木曽福島駅は、木曽福島町だった場所にあります。

奈良井宿のある奈良井駅は、定期の特急は全て通過となるけど、臨時の白馬発着のワイドビューしなの81号と84号(383系の4両編成で運転)は、奈良井駅にも停車しています。

ワイドビューしなの号は、ワイドビューひだ号、しらさぎ号(JR西日本の681系または683系による運転)と共にL特急となっていたけど、今年3月17日にL特急から特急に変更されていたので、国鉄時代の1972(昭和47)年10月2日に登場したL特急の愛称の歴史に終止符が打たれていました。

あずさ号、かいじ号、スーパーあずさ号を含めたJR東日本の特急列車では、2002(平成14)年12月1日にJRグループとしては初めて全てのL特急から特急に変更され、あずさ、かいじの183(189)系の定期運用終了と共にL特急でなくなっていました。

今年9月8,9日には、383系の4両編成による臨時特急である諏訪しなの号が、名古屋~小淵沢間(往路は8日、復路は9日)で運転されていたけど、383系が初めて小淵沢(山梨県)に乗り入れていたことで話題になっていました。

しなの号の最高速度は、名古屋~中津川間が130Km/hで、それ以外が120Km/hとなっているけど、スーパーあずさ号とあずさ号で130Km/h運転が行われている塩尻~松本間でも120Km/h運転となっています。

しなの号が大阪に乗り入れていた頃は、大阪~名古屋間で振り子装置が固定されていたけど、130Km/h運転が可能となっていました。

自分(しゃもじ)は以前383系に松本~長野間で乗ったことがあるけど、それ以前の381系にも乗ったことがあります。

ワイドビューしなの号では、2013(平成25)年3月15日まで車内販売が行われていたけど、元祖鉄道アイドルのゆゆこと木村裕子氏が働いていたこともありました。

塩尻や松本に行ったら383系を撮影して、それをレポートにするのが目標となっていたけど、それが実現して良かったと思っています。


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